未練の幽霊と怪物/挫波 敦賀 感想メモ📝 (ネタバレなので、これから観に行く予定の方は読まないほうがいいとおもいます) 大学生のときに東中野の梅若能楽堂で翁を観てから、能をよく観るようになった。起承転結の物語よりも、神や鬼女などの特別な登場人物があちら側からやってきて、舞台の上に現れる、居る、ということに主軸を置いた古典芸能にぐんぐん引き込まれていった。翁のように終始晴れやかなものも大好きだが、能は未練の魂を弔うことにとても長けている。 現代のほとんどの演劇が苦手な私だけれど、岡田さんの作品は最初に観たときから、ずっと観続けている。 その岡田さんが能の複式夢幻能をモチーフにザハ・ハディドと高速増殖炉もんじゅを主題に扱う舞台があるというのだから、期待がトリプルだったが、それを上回る、すっきり、どっしり、おおらかな余韻だった。そして、まるっきり能だった！ もんじゅの白色の建屋が廃炉になる、「廃炉」のイントネーションを指摘されたことがある。NHKの番組で福島第1原発の特集がありナレーションをしたときに、それまでは、はいろ↘︎と発音していたけれど、放送上正しいのは灰色とほぼ同じイントネーションだと知った。はいろ、と、はいいろ。日本海沿いを一人旅して、海の向こうを眺める姿があまりに似合う類くんがワキ、白色の静河ちゃんが前シテとして現れる。もんじゅを見つめ、あんなにかわいそうな子はいない、と言ったあと、橋がかりに現れた間狂言の片桐さんは灰色のTシャツを着て立っていた。もんじゅの見た真っ白で清らかな21世紀の夢が灰色になっていく。ぜんせいき、全盛期、前世紀=20世紀の夢をまだ見ていたい。起きなくてはいけないのはわかっているけれど、まだ目が開けられないんだ、というのは、日本が核燃料サイクルの始末をうやむやにしているから。敦賀の人々が見た夢は、世界の問題を解決する夢だった。 能の謡は、7や5の言葉が連なるけれど、一文が完結していなくて、文と文が、鎖のように意味をリレーしていく。舞台を見ている人や歌を聴いている人には、文のあとの、句点。が聞こえないから、全てが読点、で区切られているようだ。前の句がかかって次の言葉が引き出されるというところが、謡の流れの美しさ、和歌や歌垣でそれが当たり前だったということは、会話と音楽と離れていなかったのかもしれないし、相手の言葉と自分の言葉を、共同で紡いでいるような感覚だったかもしれない。旅人さんも自由に語りと歌の曖昧さをそのままにしていた。岡田さんの演出で面白いと思うのは、人間を確固たる意志を持つ個人として扱っていないところ。あの子がかわいそうと言った波打ち際の女は、あの子の化身になる。森山さんが演じる、悔やむ日本の建築家は、ザハになり、建てられることのなかったザハの競技場になる。男の身体に、ザハが乗り込んでくる。どちらが男性でどちらが女性なのかわからないように、ぐるぐる回る。 弔いたいと願った人間の身体に、弔われに乗り込んでくるもの。能楽師の身体は、面のための生贄のようにも思える。巫女にしても、踊り手、役者にしても、一応は普通の人間で、その人が願ったらその対象が出逢いにきてくれる、というのは、芸の美しいことだと思う。能の山姥みたいだ。今までは、神や鬼女が世をしのぶ仮の姿で前シテをしていると解釈していたけれど、想いの強い人間のところに弔う対象がやってきて、身体を乗っ取ったと解釈するのもいいかもしれないと思った。お中入りしたシテに、面と装束が吸い付くような。前シテが二人とも素面だったから、より人間らしい存在に思えたのかもしれない。 パフォーマーの身体に対象が出逢い、前シテが後シテと出逢っている間、私たちは何を求められているか。ワキの類くんや太田さんの演じる旅行者は、今回はお坊さんではないからお経を上げて供養をするということはなく、ただずっと佇み、その様子の一部始終を目撃している。劇場で座る私たちとともに。未練の幽霊と怪物は、何が起きたのか、どんな気持ちなのか、ただ目撃して、知っていてほしいだけなのかもしれないね。この作品、未見の幽霊にならないようにと友人に釘を刺されたが、どうにかならずに済んだ。ほかの幽霊たちのためにも、きっといずれ東京でも再演されるのではないかと思っている。 最後になってしまったけれど、内橋さんの音楽が素晴らしかった(私は囃子方のことに詳しくなくて考察できなかったけど、三人で入れ替わり立ち替わり鼓と笛を行き来するようでした)、演者のみなさん、舞台を作ってくださったみなさん、それぞれ代わりの見つからない仕事でした。果てしないバイタリティの結実を見せていただき、ありがとうございました🙏✨