朝四時。 今日は天候が崩れるから、早めに撤収したい。 ランタンの薄明かりで朝ごはんも済ませ、寝袋を片付けていると、テントの外がスッと明るくなってきた。 チーっと前室を開けて顔を出すと、思わず目を見開いた。 予報に反して晴れた空は、多少の雲が幸いし、強いオレンジ色を反射していたからだ。 『うぉっ！』 っと独り言を言い飛び出すと、テントの脇にぼうっと突っ立って、そのままずっと、ずっと、色味が薄く、青白く変わっていくのを最後まで眺めた。 皆、作業を止めて見入っている。 朝焼けが終わると、時間が動き出したように、キャンプ場に忙しなさが戻ってきた。 ______ 思えば3日も居たのだ。 一つ一つ、地面と同化したペグを抜き、土を拭う。 名残惜しさとは裏腹に、私も慣れたもんで、あっけなく撤収は完了してしまった。 ______ 『昨日は良かったね〜！天気も紅葉も、今年のピークじゃない？』 頭一つ飛び出した大きなザックを背負ったまま、足を階段に乗せて靴紐をギュッと結んでいると、頭上から声が降ってきた。 標高2300mにしてはラフな格好のお兄さん。 どうやらこのキャンプ場の主人らしい。 確かに昨日は文句なしの秋晴れで、思い出しても口角が上がる絶景続き。 更にこの地をよく知る人が太鼓判を押すのだから満足に拍車がかかった。 ______ 室堂駅までの、万里の長城のような石畳も、ちょっとだけ足取り軽く…？ 休憩がてら立ち止まっては、何度も、何度も、立山連峰を振り返った。 ふぅふぅ言いながらも、トロリーバス始発3人目の客となった私。 1番目の人は、見覚えのある背中。 月明かりの登山道で、キャンプ場を見下ろしながら 『出発がお早いですね』と剱御前小舎の手前、声をかけた人だった。 『ほら、雨が降ってきましたよ』 と言われ、振り向くと窓の外はいつの間にか土砂降り。 『逃げ切りましたね』とお互いの計画を称え合い、そのまま今まで登った数々の山の話、植物や鳥の話に花が咲いた。 8時前の乗り入れ開始と共にサッと別れたが、山ではよくある出会いのひとつであり、記憶に残る出会いでもある。 ______ 何度もロープウェイとケーブルカー、トロリーバスを乗り継いで着いた麓はすっかり青空だった。 帰りしな、下諏訪で寄った温泉は240円。 『〜するもんでね』『〜するだでね』 飛び交う諏訪弁が懐かしい。 もうすぐ山には雪が降る。 そうすれば、またこの地で酒を造る仕事に就くのだ。